「死ねばいいのに」
タイトルが秀逸。
不謹慎とかいう人もいるのかもしれないけど。
「死んだ女の話を聞かせて欲しい」
教養も学歴も常識も職もない無礼な男が
変死した女の関係者を訪ねていく話。
無礼な男ワタライケンヤを前にした関係者視点で
一人目から六人目まで。
但し六人目はケンヤに対して問う立場。
途中で結末の半分はわかってしまうんだけど、
残りの謎が最後まで解らないので気になって一気に読んでしまいました。
ケンヤは自分で自分をバカだバカだと言うけれど
対人スキルがないだけで、頭の回転の早い若者なので
かなり頭の良い子供が姑息な大人を遣り込める的な展開で話が進む。
嘘を吐かないのと本当のことを言わないのは両立するけれど
言うべきことと言ってはいけないことを選別して会話するのは
天然では出来ないと思うので、その辺りが違和感あるかもしれない。
本人に自覚がなくても、そこそこ頭の良い人間は自分レベルで会話するので
頭が悪い人間はバカにされてる気分がしてしまうものだし。
もっと頭の良い人間は相手のレベルに合わせられるのかもしれないけどね。
「死ねばいいのに」
それがイヤなら
前向きに生きるべき
という話?
不満も満足もそれが全てでは良くないということなのですかね。
確かに不満ばかりでそれを周囲のせいにして自分では何もしなければ生きてる意味ないし、
現状に満足してしまって、それ以上を望まず、ぞれ以下を怖がるだけならそれも意味がない。