「容疑者Xの献身」ガリレオシリーズ3作目。シリーズ初長編。
ガリレオシリーズは私の中では評価がイマイチで、
別に福山のファンだからと言うわけではなく、
絶対にドラマの方が出来がいいと思ってたわけですが、
「容疑者Xの献身」はヨカッタです。直木賞受賞は伊達じゃないと思いました。
そして逆に映画化はどうなのよ…という気分です。
まずキャストが納得出来ないし(苦笑)
# 石神が堤真一で工藤がダンカンてどうなのよ ^^;
テレビドラマ同様原作と映像は別と思って観るべきなんでしょうが…。
でも前2作とは違い今回は湯川=福山で読みました、私は。
私より先に読んだmasatsu氏は湯川≠福山だったらしいですけど。
"彼は論理的でありさえずれば、どんな冷酷なことでも出来る男なんだ"
倫理的な問題について。個人的に。
自分の大切な人の命は赤の他人の命とは比べモノにならないくらい重いです。
見知らぬ外国で100万人死ぬより、大切な人一人が死ぬ方が重大事件なんです。
だから私はアリだと思います。
無償の愛と献身について。
基本的に全ての感情は自己愛から発生すると思っているので
"これが愛か?""エゴでは?"という意見もあるらしいですが
ワタシ的には愛もエゴで当たり前。
色んな形があるけれど、全て利己的。それが愛。
無償も献身も自己陶酔。
だから時に相手にとっては迷惑な結果になるのであろう。
全員が利己的に動いた結果、かなり不幸なラストになってしまったけれど
人間だから仕方ない。みんな何かを愛した結果なのだから。
二階堂氏の「これは本格ではない」発言は有名らしいですが
娘重視の部分はどうなんでしょう。
確かに石神の愛は靖子一人に対してではなく
靖子・美里母娘に対してだったとは思いますが。
最後に描写された美里の行動の動機が気になります。
人が誰かを特別に想う、
きっかけは本人以外にとっては凄く些細なことなんですね。
でも本人にとっては世界が一変してしまうんですね。
ただ存在しているだけで誰かの人生をすっかり変えてしまう、
誰もがそんなチカラを持っているんですね。
生きているっていうのはそれだけで凄い事だったりするんですね。
なのに見知らぬ他人の命を重く受け取れない私は
どこかに欠陥があるんでしょうか?
って誰だって何か欠けてると思うし、
自分が特別なわけではないんだろうけど
凄く大切なモノが欠けてる可能性もあるのかなー、と。
まとまらないので終了w(いつもこんなだ。なに?この書き捨て)