『チグリスとユーフラテス』新井素子のSF小説です。1999年2月刊行の本ですが私は文庫派なので最近やっと読みました。
新井素子は私が推理小説家以外で唯一著作を全部読んでいる作家です。
彼女の文体は読みやすくて、人間関係の描写が秀逸だと思います。
この作品は解説(大沢在昌)によると『神』について書かれた話だそうです。
私にとっては人生の意義について考えさせられる作品でした。
『種』としての意義。『個』としての意義。
『種』としては"種の保存"というのが命題だと思っていました。
『個』として子を成せない個体も社会を構成する一員として種の保存の為に貢献していると思うし。
(読後の今もやはり私はこう思っていて、だからこの物語は私にとっては『神』の話にはなり得ないのかもしれない)
しかし、この物語の中の人類は絶滅寸前、ほぼ絶滅していると言って良い状態にあります。
『最後の子供』が存在する世界。『最後の子供』だけしか存在しない世界。
彼女(女性です)の母は何故彼女を産んだのか、彼女は何のために生きているのか。
その答えを求める話です。
『種』としては"種の保存"が命題だと思う私には、持てる想像力の全てを駆使しても思いつかない話だなぁと思うし、
『個』としては"人生楽しんだ者勝ち"と思っている私は妙に納得させられたりするし…。
自分の中で消化されきってないので中途半端な感想文になりましたが(^^;
色々考えさせられる楽しい話でした。
作者自身に子供がいないというのも微妙ですね。
出来れば母になる前に読んで、母になってから読み直したかったです。
一度母になってしまうと"母としての思考"しか出来なくなってしまう。
それは喜ばしい事であり、ある意味切ない事でもある。
母はいつも切ない。
私にはこの物語の中の女性のような強い生き方は出来ない。
今日は朝から雨。
ついこの間までエアコンがいる!とか言ってたのに
昨日も今日も寒い~~((o(>_<)o))
昨日から暇をみつけて5時間掛けて描きかけだった絵が
PCのフリーズで消えた!ショックぅ…。
保存してなかった私が悪いんだけどさ。。。
二人目の子供を孕んだとき、私は不安ではなかったか?
一人の子供が愛しい。こんなに全身全霊で愛してるのに
二人目の子を同じように愛せるのか?
愛は増えるというけれど、私の愛は全て今、
一人の子に注がれているのに、いっぱいいっぱいなのに
どうやって増やすんだろう…。
そんな不安を抱えなかったか?
今、4人も子供を産んだ私は知っている。
実感として、愛は増えるということを。
確かに物理的には一人きりなら
抱いて欲しがる子供をすぐに抱いてあげられて
二人いるとそれは不可能で
思い切りの愛情ではなくなったように見えるかもしれない。
でも、抱いてあげられなかったから愛が減ってるわけじゃない。
抱いてあげるという行為として表せなくても
確かに以前と変わらない愛はそこにある。
私には小3までしか育ててあげられなかった娘がいる。
彼女にしてあげたかった事は沢山あるし、
今もしてあげたい事は沢山ある。
今、出来ないから愛が減ったわけでは決してない。
彼女の健康を祈る事しか出来なくなったけど
それでも愛はそこにある。
全ての人に解って欲しいわけではないけれど
アナタに解ってもらえないならそれが悲しい。
でも、私は不安ではなかったか?
二人目の子供を孕んだとき。
体験しないと解らないのではないか?
そう自分に問いかける。