SHINO's SketchBook
SHINOのときどき絵日記
 

2006年11月01日

  ■世界の終わり、あるいは始まり(歌野晶午)

世界の終わり、あるいは始まり

小学生連続誘拐殺人事件。
まず、近所で起こった事件に対して「ウチの子でなくてよかった」と思う。
他人の不幸を見て己の幸せを思う。
そして、我が子の部屋で事件に関連する物証を発見して動揺する。
そこから様々なシミュレーションの展開。
最終的に結末(事実)はハッキリしないけれど
ある意味マルチエンディング的にシミュレーションの内容の中から
自分好みのラストを見付ければいいんじゃないかと思う。
どれも救いようのないストーリーではあるけど(苦笑)

人間の自己中さが剥き出しに描かれた作品。自己保身とそれに伴う冷酷さと残忍さ。
追い詰められたら誰でもこんなもんだろうと思う一方、
自分がそういうタイプの人間だから他のタイプが想像できないだけで
実はもっと博愛精神に満ちた献身的な人間もいるのかもしれない。
いや、私には結局そういう人間が想像できないので全然リアルな人間像にはならないんだけど。
実際はどうなんだろう。

主人公は父親。母親ならまたちょっと違った展開になるんだろうなぁ。
多分、良くも悪くも父親程「自分と子供を分けて考えられない」気がする。
自分と子供とは別の人間だというのは解っているし、
大抵の母親が子供を自分の所有物のように思ったり扱ったりすることを否定するんだろうけど
それでも「自分の一部だったことがある人間」というのは一生忘れられない感覚だと思うし
これは父親にはない感覚だろうとも思う。うーん…上手く書けない。
自己保身の為の冷酷さを我が子に向けられる母親は少ないんじゃないかと…。
虐待して我が子殺しちゃう母親も現実に存在するので一概には言えないとは思うけど
少なくとも父親よりは母親の方が我が子に対して冷酷にはなれないんじゃないかと思う。
その代わり我が子を救う為になら、父親より母親の方が他人に対して冷酷で残忍になれる気はする。
極端なこと言うと、我が子救う為に他人殺せちゃうのは父親じゃなくて母親なんじゃないかと。
これも勝手な想像なので実際のところはわからない。


コメント

う~ん。
相変わらず・・・(以下略w

愛と残忍は紙一重のような気もするねぇ。
なんか、やっぱり、父親って「父親役」のような部分を感じたりするわけですよ。
なんとなくね。

比較的、日常では博愛的なアタシでも、やっぱり「ウチの子じゃなくて・・・・」の感情は発生するだろうな。
これはもう、仕方ないのかしら?
でもそう考えると、最終的にはそう考えるくせに、普段のアタシは偽善者みたいだ・・・・・とか思っちゃって辛いかもw

Posted by: みょん : 2006年11月02日 21:21

「父親役」とか言われちゃうと父親も気の毒ですが(苦笑)
何となく解ります。でも父親も色々だよね。母親が色々なのと同じく。
んでどういうのが正しい愛情かってのも微妙だし。

> 偽善者
これはもう開き直るしかないですよね。
「しない善よりする偽善」つーことで。
私は善と偽善の区別がつけられません(苦笑)

Posted by: SHINO : 2006年11月05日 23:04

>「しない善よりする偽善」つーことで。

あのね、私もそう思うわけよ。
善と偽善って他人が決めることよ。
偽善と言われるのを恐れた時点で、それは偽善だとも思うし。
ちょっと偽善っぽくて恥ずかしいな〜、と何もしないよりは、堂々と偽善者と言われましょうよ(爆)

>「ウチの子じゃなくて・・・・」

あります!あります!
子供を産んで、他人の子も可愛いと思えるようになったけど、やっぱり一人だけ助かるのであれば我が子を助けてー!と叫ぶかも。

Posted by: roy : 2006年11月06日 09:03

> 善偽善

実際心の中でどんな高尚なコト考えてても
行動しなけりゃなんにもならないもんね。
自己満足でイイのよ、自己満足で(笑)

自分の子に対する特別な愛情、コレが親の証じゃん。
よその子が可愛くないんじゃなくて自分の子が特別なだけ。当たり前w

Posted by: SHINO : 2006年11月06日 23:30