Naoki氏が遅刻をしたときに友人に「遅刻するなよ」と注意された。
そのとき「なんで遅刻したらあかんの?」とやってしまった。
これは「遅刻くらいいいやん」という開き直りではなく、「何故遅刻は悪いのか」という疑問である。
こういう遣り取りを友人としているときに、周囲にいた数人も参加してきたらしい。
「人に迷惑掛けるから」という答えに対して「なんで人に迷惑掛けたら悪いん?」と更にやったらしい ^^;
「途中参戦組の女子がマジ切れした」って(苦笑)
「遅刻そのものが悪い・他人に迷惑掛ける事実が悪い・っていうのは納得出来ひん。
当たり前の事やから・とか言われても何で当たり前になるんか説明して欲しい。
悪い事っていうのは当事者が罪悪感抱いて初めて悪い事になるんと違うん?
っていう話をしたねんけどみんな解ってくれへんねん。
一人だけ『一理あるけど違う』って言ってたけどな」って。
「なんかこういう事ってみんな考えへんの?
こういう話出来る相手って限られてるんやけど。
なんで考えずに終わらせられるん?」
無意味な事で他人と議論したがるのは私譲りか?(苦笑)
「心理学とか哲学とかそっち方面やりたいなぁー」って今頃進路変更ですか?
しかも金がかかるのに金になりそうにない方面へ ^^;
興味のある事を学ぶのはイイコトだと思いますよ。
でもキミが今抱えているモンダイは、キミの倍生きている私も同じように抱えてますから。
答えのでないモンダイですから。
「『仕方ないやん』が納得出来ひんねん」って
世の中は矛盾が満ちあふれていて『仕方ないやん』で納得しないと生きていけない事がいっぱいあるんですよ。
それの答えを求めようと思ってもきっと大学通うだけじゃ無理だよ。
「うーんと、スキなようにしていいけど、将来自活出来るようにだけはなって。
あと思考はどこかで止めんと精神に異常きたすよ?
アンタが『何も考えてない』と思ってる相手が『悟ってる相手』である可能性は大いにあるから」
それだけ言って放置する私は酷い親ですか?(笑)
あ。遅刻云々については
「倫理のモンダイですから。人間やり続けたかったら倫理的に判断して。
社会生活放り投げて無人島で一人きりで生きていくんやったら必要ないけどな」
と言っておきました。
「解ってるねん」と言ってましたけどね。
解ってる事なのに何故他人に議論ふっかける?
他人の思考確認したいか?
自分の傲慢さは自覚してるらしいけどね。
息子いいなぁ。すげぇ~おもしろい。
直で話してみたいです。
でも、心理学をやっても、彼の疑問は解けないと思うなぁ。
倫理とか道徳とか常識とかは、心理学じゃないからねぇ。
でもいいわ。うん。
いわゆる、「理屈っぽい」タイプ?
それならアタシと同じだけど(笑)
Naoki氏に以下の言葉を:
「全世界は哲学する者たちにとって流謫の地である」
十二世紀のスコラ哲学者サン・ヴィクトールのフーゴーの言葉です。私はこの言葉を知って、心の安息を得ることができました。以下のように続きます:
「祖国が甘美であると思う人はいまだ繊弱な人にすぎない。けれども、すべての地が祖国であると思う人はすでに力強い人である。がしかし、全世界が流謫の地であると思う人は完全な人である。第一の人は世界に愛を固定したのであり、第二の人は世界に愛を分散させたのであり、第三の人は世界への愛を消し去ったのである(『中世思想史原典集成』第9巻,104ページ)」
世の中に居心地の悪さを感じながらも、それに打ちひしがれずへこたれない覚悟があれば、学問をすればよいでしょう。きっと身のためになると思います。
Posted by: perce-neige : 2004年12月13日 21:49> みょんちゃん
懇談会で毎回担任に「彼は独特の世界を持っていてそれが話していて面白いです。なくさないで欲しいです」って言われてます(笑)
彼自身の考えてる事は哲学の分野で、心理学は多分自分の心理を知りたいんじゃないですかねー?
自分の考えてる事が語彙不足もあって自分自身の中でまとめられないから知識を増やしたいみたいな感じでした。
私が話してみてそう感じただけですが。
理屈っぽいのかなぁ?
masatsu氏曰く「自分に理がないのに取り敢えず反論してるだけ」だそうですが(笑)
> perce-neigeさん
人間は皆哲学するワケじゃないんですか?
私はダメダメです。
未だ彼と同レベルなんですよ。
だから彼に有効な言葉を掛けてあげられない。
居心地が悪いのは解る。
でもそれは人間皆が思ってる事じゃないの?
何も考えていないように見える人でもきっと何か考えていて、それを考える能力が私には備わっていないんだ。
私の安息の呪文(笑)
> 人間は皆哲学するワケじゃないんですか?
残念ながら、そうではないんです。疑問や様々のもどかしさに、すでに用意された最も簡単な答えでもって決着をつけたつもりになっている。そういう人は脱落です。なによりもまず疑問に思う気持ちがあって、それをなおざりにせず真摯に向き合おうとする姿勢が、哲学の一歩目であろうかと、そのように思います。二歩目に進める人は、ある種選ばれた人であるといえるでしょう。
> 居心地が悪いのは解る。
> でもそれは人間皆が思ってる事じゃないの?
そうです。「とかくに人の世は住みにくい」ですから。ですが、その住みにくい世に取り巻かれて、それでよしとしている人もいます。それではただ世界に投獄されているだけの、最も悪い生き方です。
徒党を組んでそれを頼みに、苦境にある人に向かって石を投げつけるのがいます。少しでも居心地の悪い世界を変えられる可能性が与えられているのに、その可能性を行使することもなく、居心地の悪さばかりぼやく輩がいます。妄言妄想の王国におもねるあまり、真実に目を向けられなくなっているのがごまんといます。
そういう連中は、果たして哲学をする主体であるといえるのか。私はいえないと思います。
私は、今年の騒動を見て聞いて、さすがにこの国はもう駄目だと思ったのです。「人でなしの国」になったと思ったのです。
とまあ、ちょっとシリアスっぽく書くとこんな感じです。当たり前に思うようなことを当たり前に思わず問いなおしてみる姿勢は、学問をするしないに関わらず大切なことであると思います。
Posted by: snowdrop : 2004年12月14日 21:07適当なところで思考を止めよ、などと注意する私は哲学出来てませんね(笑)
住みにくい世の中、適当なところで折り合いをつけて楽しんでこその人生では?
妥協出来ないとしんどいですよね。
やっぱり私は親なので子供にはあまりしんどい思いして欲しくないんですけどね。
疑問に思うのはいい。それについて思考するのもいい。
でも無限後退していって苦しむだけじゃ切ないですよー。
今年の騒動云々については私も「ひとでなし」です。多分。
Posted by: SHINO : 2004年12月15日 08:39> 妥協出来ないとしんどいですよね。
まあだから、学問やる人間の大半は、どこか破綻してたりおかしかったりするんですよ。
それと、誤解でなければよいのですが、学問する人間は苦しみたいからするんではないんですよ。あれはあれでものすごく楽しいものなのです。例えていえば、入稿を控えて三日目の徹夜、ペンを離すのは仕事に行ってる間だけ、というか自分なんでこんなことやってるんだろう、金にもならないし、むしろ赤字だ、もう来年はやめようと思っているのに、当日がすぎるとなぜか夏の構想を練っている。
学問というものは、無限後退だとか足踏みだとか、そういうもんではありません。あれはあれで、楽しみがあるものなんですよ。楽しいも度をすぎれば心身に毒になるのは、ほかのものでも同じ、学問だけが特別ではないですよ。
いや、私も上手く文章書けてませんけど ^^;
学問が無限後退だとか、苦しむ為にしてるとかは思ってません。
うーんと、哲学を学ぶのと、哲学するのは別でしょ?
同じなの?この辺が解ってないのか、私は。
あと、実際思考が無限後退しててもその間も楽しいものだとは思ってます。
私は無限後退だと思うけれど、考えてる間は発展してるんでしょうし(笑)
要するに
> まあだから、学問やる人間の大半は、どこか破綻してたりおかしかったりするんですよ。
コレですよ。
あまり考えすぎて破綻して欲しくないなという(苦笑)
> 哲学を学ぶのと、哲学するのは別でしょ?
哲学を学ぶとなると、哲学するとはちょっと違ってきますね。けれど、あるひとつのテーマをもって取り組むことは、その対象や手段がどんなであっても、結局哲学(実はこの表現は好きではないです)に向かっていくので、学びもいずれかは人生(あるいは世界)の本質にいたるはずなんです。
重要なのは手段や結果もさることながら、いかに為すかという、その態度であると思っています。
> コレですよ。
コレですね。