マンションの廊下を歩いていて窓辺に笹が飾ってあるのを見
「ああ、今日は七夕だった」と気付く。情緒のないw
だいたい本来は旧暦なんだから来月じゃんとか思う。ますます情緒のない^^;
そういや先週子供会から短冊が回ってきてた。
土曜日に飾りに行かなきゃなんなかったハズ。行ってない。
短冊に願い事を書くってのは何の意味があるんだろうね。
あれって誰に対して願い事してるの?
一年に一度しか逢えないとかいう彦星と織り姫?
一年に一度逢える喜びで他人の願いまで叶えてくれるの?
私なら一年に一度しか逢えない、その当日に他人の事なんて考えてる余裕ないけどね~(笑)
本来七夕の短冊は、妙筆の織り姫にあやかって、字がうまくなるよう祈願するものだったんです。願い事を書くんじゃなく、「七夕」だとか「織り姫」だとか、そういう七夕に由来する語句を書いたそうです。
ちょっぽくさ調べてみると、字の上達だけじゃなく、琴だとか裁縫だとか、そういう手技の上達の願いが根底にあるみたいですね。それが近年拡大解釈されるようになったのでしょう。せちがらいわ。
そうか、短冊には「七夕」とか「織り姫」とか書いておけばよかったんですね?
なら吊しに行ってもヨカッタのに…。
ああいうのって私は妙にリアルに考えてしまって
最終的に「莫迦?>自分」と思って書けなくなるんです。ホント莫迦。
そうか元々は「字が上手くなるように…」という願いだったのか。
琴なんて元々わからないし、裁縫もボタン付けくらいで後はミシンがやってくれるし
どうでもいいが、字が上手くなるのはいいね。うん。
先日、Itsumi嬢が学校に提出した書類を見たItsumi嬢友人が
「誰が書いたん?カワイイ字♪」と褒めてくれたそうな。
中学生に「カワイイ字」って…褒められてない _| ̄|○
自分だったら「笹の葉さらさら」にするかな? あるいは「天の川」にするか、そのあたりで決めたいですね。本式では集めた夜露で墨を磨って書くんだそうですが、その辺は無情緒に墨汁で対応したいと思います。
考えすぎてしまうというのは、実際自分もそうなのでよく分かります。だから、できるだけ考えないように考えないように、考える必要が出てきそうなら避けるように避けるようにして生きてきました。おかげでこんなに駄目の人に育ちました。お勧めできません。
字は、ワープロやコンピュータが普通に使われるようになって、ぞんざいに書かれるようになってしまいましたが、そんな時代だからこそ自分はちゃんと書けるようになりたいものと思っています。きれいな字でなくっても、人柄の伝わるよい字が書ければよいです。よいのですが、自分の場合人柄が伝わったらまずいかも知れません。とりあえず今はきれいなだけを目指しましょう。
> 琴なんて元々わからないし、
奥さん、ギターですよギター。思い切って、はじめてみましょうよ。生活に潤いと張りが出たり、お金も恋愛もぜんぶ願いがかなったり、悩んでた肌荒れが良くなったり、するかも知れませんぜ。
考えるという行為は要所要所で出来ていればいいわけで
考えなくても良い事を考えずにすませられるならいいんじゃないかと。
私はどうでも良い事ばかり無駄に考えて、考えるべき事を
きちんと考えていない、そんな人生を送っているような気がします。
考える必要性が出てきたら考える事を避けるようにする以前に
きちんと考えるべき事が何であるかという見極めさえ出来ていません。
これこそ駄目な人ではないでしょうか?
ギターですか?
ダメです。ギターを始めて生活が潤ったり願いが叶ったりするとしてもきっとダメです。
そもそも私には音楽的なセンスが皆無なんです。
楽器を操らなければならないと思う事がストレスになりかねません。
いや、私も考えるべきことを考えず今まで来ましたから。なんというんでしょう、ほらその場しのぎという感じ。しのげないものは放置してきました。
人生振り返ってみると(ちょっとしか生きてませんが)、どうしても考えなければならないものというのは、あんまりないように思うんです。そりゃ試行錯誤は必要ですが、考えるばかりじゃなにも得られません。そんな風に達観したふりして、その時その時を適当にやり過ごすことばかり考えています。親はもうとっくにあきらめたようです。
> 楽器を操らなければならないと思う事がストレスになりかねません。
じゃあ、あれだ。フラメンコやりましょう、フラメンコ。
私ギター弾きますから、これから練習しますし。で、旦那にはカンテ(歌)をやってもらいましょう。完璧な提案です。
その場しのぎか~。
私の場合は考える前に行動してるってカンジですかね?
似たようなもんかもしれません。
そしてそんな風でも人生何とかなるもんです(笑)
フラメンコ?
音楽センスがなくても踊れるもんですか?
ダンナが歌?
…正気ですか?(爆)