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■憧れのPowerBook

Apple PowerBook2400c/180 1997.5 購入

・ノートパソコンが欲しい

PM7500 のページでも書いたが Xf 購入後から私はノートパソコンを欲しくなっていた。最初は友人が家へ来た際に持参した 98 ノートを見たのがきっかけだ。その後 98 ノートのスペックを調べたりしたが、Xf 購入後そんなに間も経ってないので当然の如く購入には至らなかった。その後パソコンの興味が Mac に移り、欲しいノートパソコンも自然と PowerBook となった。最初は PB5300 をと考えていたが、出来るだけ小さい方が良いなと思うようになり Duo2300 が候補となった。しかしこの時点でパソコンを持ち運ぶ必要があったかというとそんなことはない。単にノートパソコンが欲しかっただけだ。

・"Comet"当に彗星の如く現る

出来るだけ小さな PowerBook が欲しい、という私の願いを知ってか知らずか B5 サブノートサイズの PowerBook が発売されるという噂が流れた。噂が流れてから PowerBook ARMY や O'Grady's PowerPage といったサイトに日参し情報収集に努めた。そしてついにO'Grady's PowerPage に B5 PowerBook 開発コード"Comet"の写真が掲載され、一目見て購入を決意した。その日から更に情報系サイトへの日参が続く。スペック的には、当初 の PB3400 よりワンランク下のロジックボードを使い価格を抑えるであろう、という予想に反し、CPU こそ違えど PB3400 と同じロジックボードが採用され、サブノートでありながらメインマシンクラスの性能が与えられることになった。その分価格は上がったのだが。購入に際しては、千葉県は松戸のパソコンショップ Pascal で予約して通販することにした。Pascal は Mac 系では有名なショップで販売価格も他と比して安かったからだ。かくして私は発売日の翌日には念願の PowerBook を手にしていた。

・「PowerBook 2400c」のエンブレム

到着した PB2400 には「PowerBook 2400c」のエンブレムがついていた。これは初期の一部ロットについていたもので、それ以降のロットからは「PowerBook 2400c/180」のエンブレムとなっている。メモリは、ショップにて 32MB 増設してもらい合計 48MB となっていた。標準 16MB に対して最大メモリは 80MB。つまり 64MB のメモリを増設することも出来たのだが、予算の関係とそこまで必要ないだろうという判断で 32MB の増設にとどまった。購入価格はメモリと合わせて消費税込みで約 49 万。現在では PowerBookG4 の上位機種を買ってもおつりのくる値段だが、私にとっての PB2400 は値段だけでは量れないものがある。

・モバイルユース?

増設機器としては、まず CD-ROM ドライブを購入した。これが無いとソフトのインストールもリカバリも出来ない。標準で CD-ROM ドライブを装備しない機種のリカバリメディアが CD-ROM しか無いというのはおかしい話のような気もするが、当時 Nifty-Serve の会議室で話題になっていた、パイオニアのブート可能な CD-ROM ドライブを購入した。続いて PHS と SII の PHS 用通信カードを購入した。しかし、これはモバイルユースという程の使い方はされなかった。何せ一番使われた場所が会社なのだから。他に外で通信したのはほんの数えるしかない。しかしこの会社での通信を含めて PB2400 での通信は当時丁度 PostPet が出だしたことも相まって、現在の私の周りに居る多くの人との出会いをもたらしてくれた。

・入ってて良かったアップルケア

前述の通り、実際にモバイルで使っていたわけではないが、ほぼ毎日会社へは持っていっていたので、購入時からアップルケアに加入していた。大きな故障は無かったが、中でネジが外れたり、音の出方が変になったりで三回ほどクイックガレージのお世話になった。音の出方が変になったときは、修理終了後起動しなくなるという二次災害に見舞われ結局ロジックボードの交換になった。この時の修理代が 14 万円。アップルケアに入ってなかったらと思うとゾッとする値段である。しかしこの交換が後々大きな影響を及ぼすとは当時は知る由もなかった。

・VAIO にクラクラ

PB2400 購入後、G3 カードも登場して交換も考えたが予算的に合わないので見送った。そんな中登場したのが、初代 VAIO ノート 505。今では亜流が増えて見慣れたデザインだが当時は衝撃的だった。本気で Mac を捨てて Win への復帰を考えた。実際仕事で使うには Win の方が使い勝手が良い。しかしこちらも見送った。予算の関係もあるが、何より PB2400 に対する愛着が大きかった。

・大規模パワーアップを断行

紆余曲折を経ながらも PB2400 を使い続けて三年半が経った 2000 年末、PB2400 の大幅パワーアップ行う事にした。PB2400 を売ってしまって、PM7500 を G4 化する計画もあったが、やはりここは愛着のある PB2400 をパワーアップして使い続けようと決意した。パワーアップのポイントはメモリ、ハードディスク、USB だ。予算不足とインタウェア倒産により G3 カードの導入は見送られた。USB については PB2400 を CardBus 対応に改造して USB PC カードを利用する事にした。この改造は SHINO の多大なる協力を得て、2000 年 12 月に完了。メモリは 増設 32MB から 96MB へ、ハードディスクは標準 1.3GB から 10GB へ、それぞれ 2001 年 4 月に PB2400 を購入したショップ Pascal へ依頼して換装した。その後、PB2400 は現役バリバリで使われる、はずであったが、2001 年 8 月、ひょんなことから FIVA 206VL を使うことになり、現在はメインマシンの座を譲っている。

PowerBook 2400 は現時点で Macintosh の歴史上唯一の B5 サイズサブノートパソコンである。2001 年に発売された新 iBook(Dual USB) もコンパクトだがサブノートとは呼べない。文中にも書いた通り、このマシンは私に数多くの出会いを与えてくれた思い出深いマシンである。現在は一線を退いてはいるがこのマシンを手放してしまうことはおそらく無いだろう。